俳句実践講座岸本尚毅さんが指導をされている句会を取材しています。
実践の場で俳句をどうつくるか、大変参考になると思います。
岸本尚毅の吟行日記17 2011.4.2
岸本尚毅作
地に触れんばかりに花を渡る鳥
とある蝌蚪うち眺めをりとある我
魚めくほどに大きな蝌蚪となり
昔よりをりしが如く春の蠅
うごきつつ其処をはなれぬ蝌蚪であり
表情のなく蟻穴を出づるかな
春塵や閻魔を見する閻魔堂
日傾く墓がきらきら花しづか
花曇りなりしが晴れて花に風
岩ごろりごろりと桜咲くところ
岸本尚毅特選
蛙の子落葉の下に頭を入るる 八江
溶けてゆく紐のあたりや蝌蚪生れ 八江
蝌蚪汲んでをれば大人の寄り来たる 美緒
花どきの手を置いて読む他人の墓 紀子
花散るや道のまなかの松並木 八江
春の空眺めまはして富士ひとつ 美緒
春昼やまたゆるやかな地震のあり 薫子
橋かけて水なき川や春の塵 昌子
尚毅選
著莪咲くや仏事の靴の黒びかり 紀子
九体に三つ御堂や初桜 昌子
この寺のおほかた古木さくら咲く 紀子
風のなき境内広し鳥の恋 朋
初ざくらひと集まればものを食ひ みどり
蹴るとなく飛ぶとなく蝌蚪泳ぎけり 昌子
猫の尾のちよこんと太し花曇 みどり
わだなかに大いなるもの初桜 章
はらからの安否知らずあたたかし 章
蛙子の水干涸べばひからびぬ 昌子
あたたかや水底を見て水を見て 昌子
花冷の仁王どつちもまつかかな 八江
蛙子のぎゆうぎゆうづめとなりにけり 昌子
墓地に影つくる桜か常盤木か 八江
花未だ幹に葉の噴く山桜 美緒
蛙子をすくへば目鼻あるらしく 朋
花びらの無事なる頬をよぎりけり 八江
常ならぬ初花を見る常の窓 章
朝ざくら逆さまにみて虫の顔 みどり
くちびるに餡のつめたき花の昼 朋
川つぷち歩いて花を惜しみけり 八江
揃ひたる募金の声や花曇 みどり
欄干に顎のせてをり春の昼 美緒
初花や石の門柱木の門扉 昌子
花どきの余震づかれとなりにけり 八江
春塵や肉屋の日除いろ褪せて 八江
岸本尚毅氏の講評
◯蛙の子落葉の下に頭を入るる
これは説明しすぎていないんですね。過不足のない描写だと思います。
◯溶けてゆく紐のあたりや蝌蚪生れ 溶けるのかどうか知りませんが、紐が消えて蝌蚪が生まれて来るということを詠ってみたということですね。
◯蝌蚪汲んでをれば大人の寄り来たる
これは「大人」という言葉がじつによくはまっているんですね。よく感じがわかるというか、この「大人」という二文字につきると思います。
◯花どきの手を置いて読む他人の墓
この「手を置いて読む他人(ひと)の墓」という表現がものすごくよく出来たフレーズですね、だから上五が「花どき」でなくてもたとえば「春風の手を置いて読む他人の墓」としてもさまになってしまうんだけど……。「手を置いて読む他人の墓」っていうのがすごくいいですね。
◯花散るや道のまなかの松並木
これはあまり点が入らず、ちょっと地味な句かもしれませんけど、道の「まなかの松並木」といって東海道とかそういうところで、もちろん松並木が目立つんだけど 桜も咲いて落花がただよっている、そして松並木が街道沿いにある。風景画というのでしょうか、広重の浮世絵みたいな、「うまや路や松のはろかに狂い凧」の芝不器男の句にあるような古風な趣がいいかなと思いましたね。
◯春の空眺めまはして富士ひとつ
「眺めまはして富士ひとつ」という表現がなかなか大胆でいいですね。原句は「春空を」となっていましたが、「春の空」の方がゆったりするでしょう。
◯初ざくらひと集まればものを食ひ
満開であれば集まってものを食うのは当たり前なんだけど、「初桜」とあり「ひと集まればもの食ひ」というところに面白さがありますね。
◯花びらの無事なる頬をよぎりけり
原句は「無事なる頬を流れけり」でしたが、これは「よぎりけり」ではないでしょうか。頬を流れるのは涙だけですよね。
◯朝ざくら逆さまにみて虫の顔
この句いただいたんですけど、この「みる」の主語は何でしょう。これは上五を「◯○や」として「逆さまにみる虫の顔」とした方がいいんじゃないでしょうか。この句は「朝ざくら」じゃなくて、「◯○や」で切れた方がいいですね。
◯あたたかや水底を見て水を見て
これは原句は「あたたかや水底を見て水面もみて」でしたが、「水面」ではなく「水」の方がいいでしょう。
◯家々に夜の明くる窓桜咲く
この句もわりといい句だと思ったのですが、「家々に」と言うと、家のを外から町並みをみている感じで、「夜の明くる窓」というと逆に今度は家の中から外の夜明けを見ている窓なんですね、そこにちょっとちぐはぐ感があったので、どっちかなんですね。「家々の夜明けの窓や桜咲く」にすると町並みの家々を外から見ていることになり、家の中から見ているようにするなら「この家に夜の明くる窓桜咲く」なんですね。どちらからというと外から見ている句と思いましたが……。そうすると「家々の夜明けの窓や桜咲く」あるいは「家々に夜明けの窓や桜咲く」、ウーン、「家々の」と「家々に」どっちがいいんでしょう……。(とここでしばらく考えて…)やはり「家々に」の方がいいですね。はい。
◯著莪咲くや仏事の靴の黒びかり
これも好きな句です。原句は「著莪咲いて」でしたが、「著莪咲くや」がいいと思います。
◯春昼やまたゆるやかな地震のあり
地震のなかでも遠くのものはゆるやかな地震でそれが「また」ということですからくり返す、ということなんですね。「ゆるやか」だからそんなにすごい地震ではないんだけど、ある穏やかな不安感があってそこがいいかなと思いました。
◯橋かけて水なき川や春の塵
「橋かけて水なき川」という風景ってありますよね、この「春の塵」がよく風景と寄り添っていると思いました。ちょっと乾いた感じもあるし、ぼおっと風景が広がっているような感じが伝わってくるんじゃないかと思います。
◯揃ひたる募金の声や花曇
これは私だけがいただきました。まあ、今もいろんな募金活動があるんですが、青少年が「お願いします」と声を揃えている感じというのが確かにあって、それがまた「花曇」の季節にこういう風景がくり返されてきたなあという実感があります。
おことわり
このページは、俳句愛好者の作句の勉強の一助とする目的で、岸本尚毅さんが句友諸氏と個人的に行っている句会の様子を紹介させて頂くものです。この句会は 私的な会であり、部外者には一切オープンにされておりません。そのため日付・場所・作者名は非公開です。お問い合わせはご遠慮ください。引用された作品の 著作権は、実在する各作品の作者に帰属しますのでご注意ください。
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