2012年 第3回 田中裕明賞

受賞者の言葉

関 悦史(せき えつし)

受賞者

1969年9月21日茨城県土浦市生まれ
二松学舎大学文学部国文学科卒業
吉岡実の散文で赤黄男、耕衣、重信を知り、数年後、二十代半ばより、病中の気散じに句作開始
2002年 「マクデブルクの館」百句で、第一回芝不器男俳句新人賞城戸朱理奨励賞受賞
2006年 『新鋭俳人アンソロジィ2007』(北溟社)に参加、十五句掲載
2008年 「全体と全体以外―安井浩司的膠着について―」で第二十八回現代俳句評論賞佳作
2009年 「天使としての空間―田中裕明的媒介性について―」で、第十一回俳句界評論賞受賞/「他界のない供犠―三橋鷹女的迷宮について―」で、第二十九回現代俳句評論賞佳作/「―俳句空間―豈」同人/『セレクション俳人プラス 新撰21』(邑書林)に参加、百句掲載
2010年 『セレクション俳人プラス 超新撰21』(邑書林)に参加、小川軽舟論掲載
2011年 『虚子に学ぶ俳句365日』(草思社)共同執筆/『子規に学ぶ俳句365日』(草思社)共同執筆/『俳コレ』(邑書林)に参加、野口る理百句撰および小論に加え、合評座談会掲載。

 

 句集にも入っている祖母の死去が2004年12月のことで、これは田中裕明のそれと同年同月である。祖母の葬儀をひととおり済ませた年の暮れに、新聞(当時はまだ取っていた)で田中裕明の訃報を目にしたのだった。当時は名のある俳人に直接会う機会もなく、その後そうなる予定もなかったから、田中裕明も単にこちらが一方的に読んでいた若手作家というだけの存在だった。
 ところがその後、友人の勧めでSNSを利用し始めたのを機に予想のつかない出会いが重なり、時には叱咤督励を受けたりもして、書いたものを発表するようになり、さらには経済力のなさから自分とは無関係と割り切っていた句集出版が、あろうことか東日本大震災で家が壊れ、困窮極まっているさなかに、多くの支援を受けるという形で実現してしまった(早く出させないと、私がいつ死ぬかわからないという判断もあったそうだが)。この間私本人はほとんど流れに乗せられていただけであり、今回の受賞も自分のことという気がじつはいまだにあまりしなくて、単に一連の動きの代表者として受け取るだけという気がする。
 以前書いた田中裕明論では、裕明の句を、二つの要素が織り成す感応と官能がこの世ならぬ明るみを見せるものと捉えていたのだったが、その間に進んだ裕明賞制定への動きと、私を押し上げようとしてくれる動きとの、思いもかけない交点が今回発生してしまったのを見るにつけても、改めてわれわれはどれほどの他者=死者との関わりあいが潜在するなかに生きているのかと、愉しくも、うっすら不気味にも思う。

 

 関わりのあった皆様に感謝します。

 

選考委員の言葉

石田郷子

 私は『残像』『おまへの倫理崩すためなら何度でも車椅子奪うぜ』『BABYLON』の三冊を推した。
 『残像』は、〈眼球のごとく濡れたる花氷〉〈秋雨を見てゐるコインランドリー〉〈松の芯雲にひかりの多き日の〉〈野茨も引込み線も枯れにけり〉〈目の中を目薬まはるさくらかな〉〈オリオンや眼鏡のそばに人眠る〉など、ナイーブな叙情がいいと思った。けれど、〈夢でせうはくれんだけの空なんて〉など作者像のゆらぐような句、〈豊年のこれは箸袋とおしぼり〉など詩の動機の感じられなかった作品もあり、全体を通すと何か物足りない気もした。しかし、あとがきで〈特別貧しくもなく豊かでもなく、ぬくぬくと生きていたその景色があるだけだ〉と振り返り、〈そのときそのときで何かから逃げずに戦ってきた(中略)何かをなつかしむような句を作ってきたのではない〉と言い切ったことを、俳句という詩型への覚悟と受け取った。
『おまへの倫理崩すためなら何度でも車椅子奪うぜ』は、〈朝の滝さあ落ちやうぜ出発だ〉〈どつと笑ひながら出る胡麻の一粒で悪ひか〉〈一葉落つ/否/まだだ/まだ/地面ぢやない〉〈泣いても笑つてもスコールが赦す〉〈台無しだ行く手を阻む巨大なこのくそいまいましい季語とか〉など、どれも大胆な破調であって、独自のゆるぎない定型感覚を持っているのだなと感じ、安易さや危うさもない。独特の仮名遣いも意識的な表現だという。頼もしい作家だと思う。
 実を言うと、上記の二冊は私の中で何度も順位が入れ替わった。
 『BABYLON』は、〈ひよめきの閉ぢて梟帰れざる〉〈流氷は嘶きをもて迎ふべし〉〈なつかしむとは枯芝の傾きに〉など、胸にとどまる句が数多くあった。なによりも作者の中の野性というようなものに私は共鳴した。
 このたびの選考結果に異存はない。受賞作に関しては、ひとえに私の眼力が及ばなかったのだと思う。

 

小川軽舟

 俳句は現代に生きる詩でありたい。いつもそう思いながら、私自身にどれだけのことができているのか心もとない。そんな忸怩たる思いを吹き払ってくれたのが、受賞した関悦史の『六十億本の回転する曲がつた棒』、そして私が続く二位、三位に推した山口優夢の『残像』、御中虫の『おまへの倫理崩すためなら何度なんぼでも車椅子奪ふぜ』だった。
 『六十億本』は、荒廃の兆し始めた現代の日本を、そして否応なしにそこに生きるしかない作者自身を描き切って迫力があった。特に著者の暮らす土浦の風景を描いた「日本景」、祖母の介護を描いた「介護」の章は、俳句の新しい領域とそれにふさわしい新しい詩情を見出して感動的である。季語を積極的に生かした俳句と無季俳句が違和感なく並ぶ眺めもこれからの世代の俳句のあり方なのかと思わされた。一句一句の完成度を云々する以前に、その総体としてのエネルギーに圧倒される。そしてその中から、〈人類に空爆のある雑煮かな〉のように古典的風格さえある句が生まれている。
 『残像』は一句一句に知的な企みがあり、それが単なる機知に終わらず、現代らしい抒情を引き寄せている。まだ狙いの見えすぎる句が多いきらいはあるが、さらにしたたかに成長してくれるものと期待する。
 御中の登場は、私にとって事件とさえ呼びたい衝撃だった。現代社会の歪みの下の若者を描きつつ、極端な破調も仮名遣いの意図的な誤用もしたたかなレトリックとして生きている。『おまへの』は私にはちょっとポップに仕上がりすぎている感があるのだけれど、それが私の御中像とは異質の句を挙げて石田委員が強く推すことにもつながった。御中の作品の間口の広さを思い知らされた。
 現代に肉迫しようとすることと俳句という詩型を選ぶこととの間には、飛び越えがたい溝があろう。それをやすやすと飛び越えて彼らが俳句を選んでくれたことを、同じ詩型にたずさわるものとしてうれしく思う。

 

岸本尚毅

 『六十億本の回転する曲がつた棒』には有季句と無季句が混在する。有季の句では季題を生かし、無季となるべき句は無季にするという当り前のことを当り前のように実践していた。同じことは『おまへの倫理崩すためなら何度でも車椅子奪ふぜ』についても言える。昨年の『千年紀』もそうだった。無季句が混じることにより有季句のよさがわかるし、有季句と見比べることにより無季の句の面白さがわかるのである。圧倒的な膂力の関氏の句集と稀有の叙情性を示した御中氏の句集の二冊が特に図抜けていると感じた。
 『雲の座』は「雪に貌つけては引かれ犬あはれ」など描写力や緻密な表現力が素晴らしい。欲を言えば「桐一葉屋根に落ちたり樋に止まる」の「屋根に落ちたり」や「富士霞み裾野の家のかがやける」の「かがやける」をどうやって消すかを考えて欲しい。句の重心がもう一息下がれば、さらに力強い句が生まれることであろう。
 『残像』は、句の言葉は簡潔だがその背景に周到な配慮があることが察せられる。俳句の限界を知悉している作者である。今後の作品の展開に苦労しそうだが、逆に、期待が非常に大きいとも言える。
 『庭燎』は「礎に一歩をかけて墓洗ふ」「夏痩のネクタイ長く垂れにけり」「たひ焼の真鯛をえがく暖簾かな」などに、『ラフマニノフ』は「寒灯下愚痴めいて来し講義かな」「落椿ひつくりかへり土を舐め」などに注目した。いずれも、誰もが見たり感じたりしていることを俳句で切り取る手腕に長けている。その方向でさらに究められんことを期待したい。
 『バビロン』は「あしゆびをすふがごとくにぶだうかな」に瞠目した。一句の構想が大きく、言葉から言葉への飛躍が大胆である。謎を孕んだ感じがする。大きな構えの句にさらに磨きをかけてほしいと思う。

 

四ツ谷龍

 私が一位に推したのは、関悦史句集『六十億本の回転する曲がつた棒』であった。この句集からは「一冊をいかに速く読ませるか」ということについての独創的な意図を感じた。連作、しつこい描写、固有名詞の独特な用法、ページ八句組みの奔流のようなレイアウトなどが、句を読むスピードを上げさせる目的に向けて方針一貫して機能しているところがみごとであった。796句という大量の句を猛スピードで読ませてしまおうとする壮大なプランにつくづく感心した。従来の俳句観を根底から問い直す、革命的な一書だと思う。

 

  蔵書ミナカプカプ翼畳ムナリ
  鷹は鳩我は扉となりゆくや
  ブロック塀のあまたの割れを蔦隠さず

 

 二位に推した前北かおる『ラフマニノフ』は、方法自体は花鳥諷詠の域内のものであるけれども、オノマトペアの使いかたなどに自分なりのくふうも加えて、若々しい華やぎを見せてくれた。表現に切れや飛躍があって、巧者であった。十分受賞に値する句集だと思うが、今回は相手が悪かったと言わざるをえない。
 御中虫『おまへの倫理崩すためなら何度でも車椅子奪ふぜ』は、真の天才を感じさせる一冊である。ところどころ、意味仕立てで強引に言いたいことを押し込むような句があることにひっかかって三位にとどめたものの、句集出版後の近作を見るとそうした欠点は相当修正されてきている。再挑戦を期待したい。
 今回応募の七冊は非常にレベルが高く、選考に頭を悩ませることになった。若い世代の充実が実感され、嬉しい悲鳴を上げた審査であった。

 

選考経過報告

 第三回の応募句集は全部で七冊であった。どの句集もそれぞれ充実したもので、選考委員の頭をおおいに悩ませるものであった。選考締切の日が過ぎてもなかなか順位を決めかね、選考委員会の前夜になってやっと決定したという選考委員もいたほどで、主催者側としてはやきもきとしながら待つということとなったのだが、このことは、選考委員たちがいかに「田中裕明賞」に責任をもって取り組んでいるかのひとつ証しではないだろうか。
 選考方法は従来どおり、上位三冊を選びそれぞれ三点、二点、一点と点をつけてもらい、その上で討議するものである。その結果、関悦史句集『六十億本の回転する曲がつた棒』八点、御中虫句集『おまへの倫理崩すためなら何度でも車椅子奪ふぜ』七点、山口優夢句集『残像』五点、前北かおる句集『ラフマニノフ』二点、青山茂根句集『BABYLON』一点、中本真人句集『庭燎』一点ということになった。応募句集それぞれを丁寧に論議検討しながら、選考委員各自がそれぞれの意見に耳をかたむけた結果、最高得点を獲得した関悦史句集と次点の御中虫句集が賞を争うということになった。 
 連作の手法を用いてあたらしい俳句の地平を切り開き、バロック的な世界を構築してみせた関悦史句集『六十億本の回転する曲がつた棒』が第三回田中裕明賞を獲得した。 
 連作の手法を使って鮮やかに世界を切り取ってみせる関悦史とさまざまな実験を試みながらも一句の独立性を希求する御中虫、これはそのまま「俳句性とは何か」ということに関わってくる問題であり、そこで選考委員の考え方がわかれたのである。このことは、もう少し論議していい問題であるかもしれない。第三回田中裕明賞の冊子でこの問題を深めることができたらと主催者側としては思っている。

 

ふらんす堂 山岡喜美子

 

第三回 田中裕明賞候補作品

○御中虫句集『おまへの倫理崩すためなら何度でも車椅子奪ふぜ』 2011年4月 愛媛県文化振興財団刊
○前北かおる句集『ラフマニノフ』 2011年5月10日 ふらんす堂刊
○山口優夢句集『残像』 2011年7月29日 角川学芸出版刊
○中本真人句集『庭燎』  2011年8月10日 ふらんす堂刊
○青山茂根句集『BABYLON』 2011年8月22日 ふらんす堂刊
○押野裕句集『雲の座』 2011年8月28日 ふらんす堂刊
○関 悦史句集『六十億本の回転する曲がつた棒』 2011年12月 邑書林刊